恋の後悔
正直過ぎては不可ません
親切過ぎては不可ません
女を御覧なさい
正直過ぎ親切過ぎて
男を何時も苦しめます
だが女から
正直にみえ親切にみえた男は
最も偉いエゴイストでした
思想と行為が弾劾し合ひ
智情意の三分法がウソになり
カンテラの灯と酒宴との間に
人の心がさ迷ひます
あゝ恋が形とならない前
その時失恋をしとけばよかつたのです
妹よ
夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
もう死んだっていいよう……というのであった。
湿った野原の黒い土、短い草の上を
夜風は吹いて、
死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、
うつくしい魂は涕くのであった。
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……
言葉なき歌
あれはとおいい処(ところ)にあるのだけれど
おれは此処(ここ)で待っていなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼(あお)く
葱(ねぎ)の根のように仄(ほの)かに淡(あわ)い
決して急いではならない
此処で十分待っていなければならない
処女(むすめ)の眼(め)のように遥(はる)かを見遣(みや)ってはならない
たしかに此処で待っていればよい
それにしてもあれはとおいい彼方(かなた)で夕陽にけぶっていた
号笛(フィトル)の音(ね)のように太くて繊弱(せんじゃく)だった
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待っていなければならない
そうすればそのうち喘(あえ)ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違いない
しかしあれは煙突の煙のように
とおくとおく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいていた
詩人は辛い
私はもう歌なぞ歌わない
誰が歌なぞ歌うものか
みんな歌なぞ聴いてはいない
聴いてるようなふりだけはする
みんなただ冷たい心を持っていて
歌なぞどうだったってかまわないのだ
それなのに聴いてるようなふりはする
そして盛んに拍手を送る
拍手を送るからもう一つ歌おうとすると
もう沢山といった顔
私はもう歌なぞ歌わない
こんな御都合な世の中に歌なぞ歌わない
また来ん春
また来(こ)ん春と人は云(い)う
しかし私は辛いのだ
春が来たって何になろ
あの子が返って来るじゃない
おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といい
鳥を見せても猫だった
最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた
ほんにおまえもあの時は
此(こ)の世の光のただ中に
立って眺めていたっけが……
汚れっちまった悲しみに
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごう)(?)が深くて、
なおもながらうことともなったら、
奉仕(ほうし)の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
2
奉仕の気持になりはなったが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前(せん)より、人には丁寧。
テンポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばっかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編(あ)み――
まるでこれでは、玩具(おもちゃ)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向(ひなた)を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)えば、にっこり致(いた)し、
飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒(ま)いて、
まぶしくなったら、日蔭(ひかげ)に這入(はい)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔(こけ)はまことに、ひんやりいたし、
いわうようなき、今日の麗日(れいじつ)。
参詣人等(さんけいにんら)もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》
空に昇って、光って、消えて――
やあ、今日は、御機嫌(ごきげん)いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましょ。
勇(いさ)んで茶店に這入(はい)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草(たばこ)なんぞを、くさくさ吹かし、
名状(めいじょう)しがたい覚悟をなして、――
戸外(そと)はまことに賑(にぎ)やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国(あっち)に行ったら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮(はなよめごりょう)。
まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テンポ正しく、握手(あくしゅ)をしましょう。
つまり、我等(われら)に欠けてるものは、
実直(じっちょく)なんぞと、心得(こころえ)まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テンポ正しく、握手をしましょう。